社長業
社長という職業をしていると、偉い人に接するような扱いを受けることもある。
起業を志しているような若者からは、野球少年が、プロ野球選手に接するような眼差しを受ける事もなくはない。
こうしたとき、「社長は、無能な人の職業」と言っている。
これは、社長になること自体が目的化している人に対する、やや極端な表現でもあるが、半ば本心でもある。
続きはこうだ。
「なぜなら、社長は、描いた理想に対して、自分の力では一歩も前進することができない。多くの人の賛同・協力を得て、はじめて前進することができる。
もし仮に能力があれば、プロスポーツ選手や、アーティストのように、イメージした世界を、自分一人でカタチにすることもできる。結果も、20代といった若さで出せることも多い。本当に能力があれば、こうした道を選ぶことも可能になるだろう。」
もちろん、実際には、ここで留まらない。
あらためて言うまでもないかもしれないが、会社組織は、従業員、お客様、仕入先、株主、など多くの力を合わせることで、一人の天才に勝るほど大きなことを成し得る。これが会社組織の面白さ!
そして、その指揮者である社長には、様々な立場の方々から、「短期」と「長期」、「コスト」と「利益」、「ゆとり」と「ストレッチ」など、一見相反するように見える要求が寄せられ、解決が求められる。
李登輝氏の言葉を借りると、
「権力とは、困難な問題の解決や理想的計画を執行するための道具にすぎない。それは一時的に国民から借りたもので、仕事が終わればいつでも返還すべきものである」 「最高指導者の条件」李登輝
まったく脱帽する表現だが、社長が持っているとすれば、能力ではなく、業務の遂行を円滑にするための、権力という道具だろう。
勘違いしてはいけないのは、私企業でもあっても、会社は社会の公器であり、権力もまた社会からの預かりものである。